又吉直樹『人間』

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『人間』読書感想文 難波麻人(芸人)

2019/11/6

 僕と又吉君は中学の同級生で、同じサッカー部に所属していた。サッカーはもちろん、文学やお笑いについても毎日二人で語り合った。将来はお互い芸人になろうなんて誓い合う事はなく、それが当たり前のようにお互い芸人の道を目指した。
 だから初めて又吉君が小説を書くと聞いた時も、僕にはそれがとても自然なことのように思えた。
 そしてその小説の感想文を僕が書くということには、ちょっとだけ不思議な感じがしています。

 頁をめくる度に本の重みが剥がれていき、やがて登場人物を介さず作中の言葉に貫かれる。自分の醜さや陳腐さだけならいいのだけれど、その僅かな資質さえも剥き出しにされるような感覚。ずっと見て見ぬ振りしてきた曖昧な部分が、目の前で露わにされていく恐怖を「人間」の中に僕は感じた。
 「自分以外の何かの責任にするのは簡単だよ」
 「自分の人生とか痛みに、自分で責任取れない甘えた奴の作ったもんに金払えるか?」 その通りだと思いながら、自分のふがいなさを自覚してしまっているから、恥ずかしくていたたまれない気持ちになっている。
 「嫉妬するとき、俺は自分の時間を振り返ってみるんだよ。馬鹿みたいに飯食って、寝てたなとか。恥ずかしくて狂いそうだよ」
 どうしようもない自分を過大評価されてるようで、悔い改めようとする相手の姿に、自分は置き去りにされるかもしれないという情けない焦りが湧き出てくる。
 頁をめくりながら、これまでの自分を振り返っていた。何も残せていない自分は、やはり本当の意味で何もやっていなかったのかもしれない。その不安が登場人物の感情なのか自分の感情なのかもよく分からない。
 その時「あの頃、俺は永山から同じように力をもらってた」という言葉が、完全に現実の響きになって僕を救ってくれた。

 大阪時代、どれだけ連絡を貰っても返事を返せない時期が僕にも二年ぐらいあった。もしかしたら実際は一年ぐらいだったかもしれない。
 連絡を貰っても何て返せばいいのか分からず、返す言葉が全て言い訳になりそうで、何より上手く行かなくなった自分を晒す事が怖かった。そしていつしか着信がなる度に苦しくなった。
 それでも僕の二十九歳の誕生日に長文のメールが送られてきた。そこには僕への思いが綴られていて「俺はずっとお前に友達でいて欲しい。お前がおるから俺は今まで頑張って来れた」と書かれていた。
 あんなにもぐちゃぐちゃに絡まってどうしたらいいか分からなかった感情が、その言葉だけでほどけた。

 酒を飲みながら真剣な顔で「お前が万が一このまま売れへんくても気にする必要なんてない。俺はお前が面白いの分かってるから。正直俺らなんて、二人で一緒に売れたようなもんやん」そう言ってくれるけど、僕はそれを酔っ払ってちゃんと聞いてない振りをする。

 本当はなまったん、俺はその言葉だけで生きていけんねん。足掻いたその先の風景がたとえ変わる事がなかったとしても、それでもいいと思えるし、逆にその言葉があれば今から何者にだってなれる気がすんねん。クリント・イーストウッドが、耳に息吹きかけてくんねん。今の俺がこうしているのは全部お前のせいで、全部お前のおかげやねん。なんかめちゃくちゃ言ってるみたいやけど、お前の言うように俺らは人間が下手くそやから、でも他の生き物から見たら余計な事考えて無駄な事ばっかりしてる生き物を「人間」て呼ぶかもしらんな。

 いつの間にか芥川賞作家という肩書きを引っ提げてるけど、サッカーの試合中、両鼻から血を吹き出して走り回って「喧嘩殺法の又吉」と恐れられてたし、血の出し過ぎで顔真っ白になって、鼻血で唇真っ赤に染めてボール追いかけてる姿は狂ってだけど、ただ一人だけ狂ってなかったよ。
 高い寿司も酒も奢ってくれて、自動販売機で100円のコーヒーまで買ってくれるくせに、帰り際「難波の財布って何色なん?」って悪魔みたいな言葉かけてくるし。
 黒色やで。

 お前の優しさは狂ってるからで、狂ってるからこそ優しくて、幽遊白書で飛影が「あいつは誰よりも優しいが、敵と見なした者への圧倒的な冷徹さはオレ以上だぜ」って言ってたけど、自分、蔵馬と同じ性格してるで。鞍馬は妖怪が人間の体の中に逃げ込んだ姿やけど、「人間」は体の中におる妖怪を光に解き放ったみたいな小説やったな。

 最後に、一緒に売れたって話の件やねんけど、その場合やと印税の二割はこっちに入ると思ってて大丈夫なんかな?

 難波麻人(なんばあさと)
 1980年、大阪府出身。現在フリーのピン芸人として活動中。又吉とは中学校の同級生であり、難波がサッカー部の主将、又吉が副将という関係だった。

(「又吉直樹主催〜実験の夜〜」2019年10月29日公演より)

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